壱岐島の恵みを、食で届ける。風土と向き合う料理人・大田誠一の哲学
更新日:2026 - 06 - 09
長崎県・壱岐島。玄界灘に囲まれたこの島は、自給自足ができる島とも呼ばれるほど、豊かな食材に恵まれています。潮の流れが速い海で育つ魚介、ミネラルを含んだ土壌で育つ野菜や穀物、寒暖差が生み出す果物の甘み。海と山が近いこの島には、多彩な食文化が息づいています。
壱岐リトリート海里村上(以下、海里村上)の料理長・大田誠一は、そんな壱岐の生まれです。料理人になるために島を離れ、故郷へ戻って20年。大田の仕事には、壱岐への深い感謝と、温故知新が掲げる「光を見つける。磨いて、届ける」という思想が、静かに宿っています。
朝の競り場に、 20年間通い続ける理由
大田が勝本漁協の競りに通い始めたのは、海里村上の前身施設がオープンした2006年頃のことです。当時、一料理人がセリに参加するのは、簡単なことではありませんでした。壱岐出身であっても、通い続けなければ築けない信頼があります。大田は時間をかけて競り場に立ち、魚の目利きを学びながら、漁師たちとの関係を少しずつ育んでいきました。
「料理の味を決めるのは、技術よりもまず食材です。その日、一番いいものを自分の目で選んで届けたいんです」

壱岐で水揚げされた魚は、業者を経由して各地へ届けられます。その道中でも、鮮度は少しずつ落ちていく。しかし、大田が競りで落とした魚は、ホテル地下の生け簺へ直行します。壱岐でしか味わえない鮮度が、そのままお客さまの食卓に届く。それは、 20年間競り場に通い続けた大田だからこそ実現できることです。
同じ魚が10匹いても、すべてが同じとは限りません。その中から一番いい状態のものを自分の目で選んで届けたい。大田はそれを「自己満足」と言います。でもその言葉の中身は、自分さえよければという話ではありません。自分が納得できないものはお客さまに出せない。その基準を満たすために、早朝から競り場へと向かう。結果として、それがお客さまの「美味しかった」につながっていくのです。
素材に正直であること、それがここにしかない味になる
大田の料理哲学の原点には、ひとりの人物の言葉があります。海里村上の前身施設を手がけた先代のオーナーは、食へのこだわりが人一倍強く、日本各地の食材を食べ歩いてきた方でした。その方からこう言われたのです。「食材がいいのに、余計な手を加えるな」と。
切りたて、揚げたて、焼きたて。作りたてが一番。その言葉は、壱岐で生まれ育ち、鮮度のいいものを食べ続けてきた大田には、深く響くものでした。素材がいい時ほど、余計なことをしない方がいい。その確信は、ずっと前から自分の中にありました。
来られるお客さまの多くは、日頃から食に対する関心が高く、素材の違いを見極める確かな感性をお持ちの方々です。養殖が増え、流通する食材が画一化されていく中で、釣りたての食感や素材そのものの力強い味わいは、都会ではなかなか出会えないものになりました。数十万円を払っても、壱岐でしか食べられないものがある。かつて当たり前だったあの頃の美味しさが、お客さまの記憶の奥底にずっと残っていて、それを求めてここへ来られるのかもしれません。

この島の食を、自分の手で守りたい
大田の「届けたい」という気持ちは、料理の現場だけにとどまりません。家業が農家だったこともあり、自ら田んぼを耕し、米づくりにも取り組んできました。育てているのは、壱岐で古くから親しまれてきた「ヒノヒカリ」。現場での仕込みの合間に自ら田んぼに立ち、土づくりから丁寧に向き合っています。
乾燥も、昔ながらの天日干しにこだわっています。「時代遅れ」と言われることもあります。しかし、太陽と風の力でゆっくりと乾かしたお米は、機械乾燥とは甘みが違う。そのお米を、お客さまが席に着いてから土鍋で炊き始めます。あらかじめ炊いておかないからこそ、湯気がふわっと立ち上るその瞬間に出せる。「熱っ!」と言わせるくらいの炊きたてを届けたい、それが大田の譲れない一線です。

「最後の一口まで、美味しいと思ってもらいたい。料理でも、米づくりでも、その気持ちは変わりません」
大田の仕事はすべて、同じ一点から出発しています。”自分が納得できないものは、届けられない”。その一貫した姿勢が積み重なり、今の海里村上の食になっています。
壱岐の光を磨き続ける
大田の思いは、料理だけでなく、海里村上のもてなし全体に息づいています。スタッフの半数以上が壱岐出身で、食事の時間には料理や食材の話だけでなく、その日の海の表情や壱岐での過ごし方について、自然と会話が生まれます。客室はわずか12室。目の前のお客さまひとりひとりに、最高の状態で届けられるのはそのためです。

壱岐出身の大田にとって、島の魅力を伝えることは喜びであり、誇りでもあります。漁獲量は減り、農業の担い手も少なくなっていく。それでも自分にできることを続けることで、この島の豊かさを残していきたいと思っています。
「私にできることを、一生懸命やるだけです」
その言葉通りに生きてきた20年が、壱岐という土地の輝きを磨き続けています。大田誠一の料理を食べることは、この島の今に触れることであり、ここでしか出会えない美味しさと向き合うことでもあります。





















